「セックス」はたいしたことじゃない
「この仕事をはじめたきっかけって、何だったの?」
風俗嬢を取材する時に、僕が必ず聞く質問だ。
風俗で遊ぶときのマナーとしては、女の子のプライベートに関する質問はタブーなのだが、そこは取材者の特権だ。
と、いっても最近はこの質問をする意味も形骸化しているのだ。はっきりした答えが帰ってこないことが多いからだ。
女の子が本当の理由をいいたくなくて言葉をにごす、というわけではない。
「なんとなく・・・」
こんな返事が多い。たいした理由がないのだ。
もちろん最大の理由は高収入。これにつきる。20歳くらいの女の子が月に100万円も稼げる仕事なんて他にはない。
しかし、彼女たちのほとんどが、それだけの金額が必要になるような、せっぱつ まった理由があるわけではない。
「この仕事をはじめたきっかけって、何だったの?」
と僕が聞く。
「友だちに一緒にやろうよって誘われたから」
「車とか洋服が欲しかった」
「引越したかったから」
「ヒマだったから」
「妹もこの店で働いていて、私が仕事辞めて家にいたら『お姉ちゃん、ゴロゴロしてるくらいならウチの店で働いたら』っていわれた」
「ホストクラブに行きたかったから」
「欲しいものがあってもローン組むのって好きじゃない。何でも一括払いで買いたかったから」
「若いうちにお金ためとこうと思ったから」
「いざという時のために貯金しておきたくて」・・・。そう、無理してまで稼がなくてはならない理由があるわけではないのだ。それなのに彼女たちは風俗で働く。
続けて僕はたずねる。
「最初はこういう仕事って抵抗あったんじゃない?」
そりゃあるだろうさ。なにしろ見ず知らずの男性と全裸でキスをして、触られ舐められ、そして舐めてしゃぶるのだ。更には性器同士を擦りあわせての疑似セックス行為までやらなければならないのだから。
でも大半の女の子は、しらっとした顔でこう答える。
「えー、別に抵抗とかなかったなぁ。それより、ちゃんとプレイできるかの方が心配だった」
もちろん、「最初の一ヶ月くらいはつらかったですね。もう慣れましたけど」とか「今でもツライです」と答える子もいる。しかし、どうも「特に抵抗ナシ」派の方が多いような気がするのだ、僕の実感として。
どうやらセックス(に類する行為)というものに対しての価値観が変わっているのだろう。セックスなんてたいしたことじゃないというわけだ。たいしたことじゃないから、見知らぬオヤジのチンポをくわえるのも、それほどツラいわけではない。
僕らがつい「どうして彼女たちが風俗で働くのだろう」と考えてしまうのは、風俗での仕事=疑似セックスが「たいしたこと」であるという前提がある。そこにズレがあるのだ。
たいしたことじゃない行為をして、たくさんのお金がもらえるのだとしたら、そりゃあそっちの方がいいに決まってる。毎朝地獄のような満員電車に揺られて、機械的につまらない仕事をやらされて、それで一ヶ月に十数万円しかもらえないOLと、どっちがいいか、と。考えるまでもない。本当に「たいしたこと」じゃないのなら。
前に池袋のイメクラで会ったKちゃんは、なんと処女だった。いや、意外に多いのだ。処女の風俗嬢って。
処女で、よく風俗の仕事やる気になったね、と僕が聞く。
「私は別に処女を守ってるわけじゃないんですよ。たまたまやらなかっただけで。たかがセックスなんだから、やってもやらなくても、そんなに問題じゃないと思うんですよ」
とKちゃん。だから、処女のままで風俗で働くことも、別にたいしたことじゃない、と。幸い(?)彼女が働いているのはイメクラだから本番は厳禁だし。
「お店じゃなくても、私が処女だって知ると、みんなしつこく理由を聞いてくるんですよね。なんかいけないみたい(笑)」
Kちゃんにとっては、たかがセックス、たかが処女なのだろう。セックスも処女も価値暴落といったところか。
もっとびっくりしたのは、やはり池袋のアナルファック専門店にいた処女のHちゃんだ。なにしろアナルファックだ。処女のままでそんなハードな店に勤めるなんて、普通の常識では考えられない。
Hちゃんの場合は、処女だったのは「たまたま」。たまたま男の人とつきあう経験がなかったから、セックスする機会もなかった。そして、たまたま街でスカウトされて、たまたまその店がアナルファック専門店だったというだけ。きっと、そのうち「たまたま」処女を失うのだろう。
Hちゃんの話を聞いていると「たかが処女、たかがセックス」と言い放つKちゃんの場合よりも、もっと価値暴落という感じがしてくる。もう価値すら見あたらないというか・・・。
これだけ多くの女の子たちが、いとも気軽に風俗で働いたりAVに出演したりするような現在の風潮は異常なのだろうか。エロメディア関係の仕事に関わるようになって、10年以上になる僕でさえ、考え込んでしまうことがある。
「なんで彼女たちは脱ぐのか」と。
僕らの社会では、カラダを売ることはいけないのだという概念がある。さっきも書いたけれど、それはセックスが「たいしたこと」であるという前提に基づいている。
ある人は「AVギャルや風俗嬢には家庭環境に問題があったり、性的トラウマを抱えている子が多い。こうした仕事をするのは一種の自傷行為なのだ」と分析し、フェミニストたちは「男性社会の構造が彼女たちをそうした場に追い込むのだ」と非難する。
しかし、現場で実際の彼女たちの話を聞けば聞くほど、そうした理由づけが空々しいものに思えてくる。
彼女たちは気づいているのだ。セックスなんて、たいしたことじゃないという事実に。
だって、そうでなければ、彼女たちの、あのあっけらかんとした笑顔の説明がつかないのだ。あれは本当は悪いことをしていると思っている顔じゃないもの。もちろん親や周りの人間に仕事を隠したりして、うしろめたそうにしているように見えるかもしれない。でもそれは周囲と価値観のズレがあるからに過ぎない。とりあえず社会はまだセックスが「たいしたこと」であるという価値観で動いているから。
これから、どんどん新しい価値観が幅を利かせるようになってきたら、彼女たちに理由を求める人もいなくなるはずだ。
それがいいことなのか、悪いことなのかは、わからないけど。
「スコラ」(スコラマガジン)00年1月号「はずかしいしごと」より。
復刊スコラの2号目から連載をはじめたコラム。
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