茂原・ソープ「Y」、そして缶ビール
最近、AV監督の仕事が増えている。先日も某社の仕事で笠木忍を撮った。その編集作業をするために千葉県の茂原というところに出向くことになった。その会社の所有する編集スタジオが茂原にあるためだ。しかし遠い。東京駅から特急で1時間。さらにそこから車で十分以上という不便な場所だった。一気に2本分編集しなければならないので、泊まりがけだ。
ハメ撮りモノのため、編集作業中は延々と自分のチンコが忍ちゃんのマンコに出入りする無修正映像を見ることとなった。実際、撮影中は快感どころではないのだが、後で撮ったビデオを見ると自分の撮影したものでも、生々しく妙に興奮するものだ。
2日目、夕方に編集が終わり、スタッフに車で駅まで送ってもらった。その途中でいくつか風俗店の看板を見かけた。編集のおかげで下腹部がムラムラする。せっかくだから、ちょいと遊んで行こうか。
茂原は外房では大きな町ということになる。もともとは工業都市として発展したが、現在では新興住宅地としての性格が強い。まぁ、印象としては地味目の地方都市という感じだ。ネットなどで調べてみると、ソープにイメクラ、ピンサロ、エステが数軒ずつある。この辺りでは風俗で遊ぼうと思ったら茂原に来るしかないようだ。
とりあえず駅周辺を散策。すぐ近くで「浮世風呂 Y」という看板を掲げた店に出会った。木造の、まるで小料理屋のような店だ。外見だけでなく、大きさも小料理屋レベル。和菓子屋とクリーニング店に挟まれていても何の違和感もない。入浴料4千円と書かれている。ということは、総額で1万円台だろう。
店内に入る。薄暗く、古ぼけた店内。ムードは昭和40年代の喫茶店、もしくは酒場といったところだ。受付には中年の女店員。総額1万5千円だという。まぁ、予想どおりだ。まるで物置のような待合室に通される。他に客がいないのは単に早い時刻のせいなのか?
すぐに呼ばれて、本日のお相手とご対面。真っ赤な長襦袢を着た40代後半、下手をすると50代といった、見るからにおばさん然とした女性。誰に似てるかといえば、林家パー子とかうつみ宮土理といった名前が浮かんだ。もちろん期待などはしていなかったのだが、それにしてもキツイ。
階段で2階に上がる。個室は4部屋ほど。中に案内される。店内と同じく、古く汚く生活感に溢れている。何十年も住んでいる家の風呂場のように、汚れのこびりついたシャンプーなどの多くの小物が乱雑に並んでいる。申し訳程度に飾られた造花も埃まみれだ。6畳ほどのスペースの半分がベッド、半分が浴場となっている。
パー子さんは、愛想が悪いというわけではないが、余計なことはあまり話さない。淡々と機械的に僕を風呂に入れ、洗い、そしてマットを取り出して、マットプレイをする。この料金でマットがあるというと、お得な気もするが、本当にただ行為をこなしているというだけのプレイ。相手を気持ちよくさせようとか、そういうことは一切考えていないような作業。それは、その後のベッドプレイでも同じだった。
ベッドに横たわるものの、こんな状況であるから勃起するはずもない。しかし、パー子さんは僕のペニスをつまむと、ブルブルと振る始めた。しごくのではない。つまんで振り回すのだ。すると不思議なことに勃起してしまった。まるで泌尿器科の医者のような勃起のさせ方。ゴムをつけ、またも作業をこなすようなフェラ。
「もう、する?」
そういって、パー子さんは仰向けになり、僕が上になる。その際も、体が触れないようにというつもりなのか、腕を突っ張らせるようにして僕の肩をつかんでいた。
僕も仕事柄、風俗経験はかなり積んでいるのだが、ここまで寒々しい思い(もはや怒りすら感じない)をしたのは、初めてだ。しかし、それでも萎えることは無かったのが不思議だった。最近は年齢のせいか、どんなに素敵な女性相手でも、途中で萎えることがしばしばあるのに。
風俗は機械的でいやだ、という風俗否定派の人は、きっと運悪くこういう人にあたってしまったのではないかな、などと思う。こんな目にあったら、そりゃあ風俗がイヤにもなるだろうさ。昔はこんな風俗嬢が、もっといたのだろう。たぶん、これでも商売になったのだ、昔は。
特急の時間がやってきたので、茂原では何も食べる暇はなかった。というか、さっさと立ち去りたい気持ちだった。特急の中で缶ビールとナッツを買った。車内販売のビールは少しぬるかった。
*「デラべっぴん」(英知出版)02年7月号「旨味風俗」より
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